どうせなら
特別な使命を持って生まれたわけじゃない。
その全ては後天的な決定と言ってもよい。
もちろん、そこには摂理や刹那が在るとしても、僕が望んだ訳ではない。
それでもせっかく貰った命だからその灯が消えるまでの地球タイムでの僅かな時間だとしても意味のあることをしていたいと想う。それは少なくとも自分を救う作業としてもだ。
絵を観ると心が震え感動する。
写実的であれ印象であれ。
単なる記録としてであればその技術発展の中で絵はとうに対価を払われる必要もないのかもしれないが、そうではない。
だからアート、芸術なのだろう。
写真も同じ。(僕のは単なる記憶の為)
意味のあること。
意味を持たせること。
それらは誰かが命を吹き込むのだ。
Camera / Leica – M – Typ 240
Lens / Leica – Summicron 35mm f2.0 (8枚メガネ付)
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今日の1枚
現像してもうちょい持ち上げろよって感じだろうけど、敢えて(というよりは言い訳)そのまま。
アマチュア素人カメラマンがポージングの指示も出さないのでモデルもそのまま(そらそーだ)自然が良いと想うからただただ、ひたすらにシャッターを押すだけの作業。
作業という名の最高の時間。
「ほぼ潰れている」のに「かすかに残る」
これが刹那的で僕の心を震わせる。